Friday, January 13, 2012

原発と司法(2011.1.12 朝日新聞朝刊 オピニオン) 要旨

(タイトルに「海」っていう字入れるとどうやっても文字化けするのは何故…)

海渡雄一氏:もんじゅ、浜岡原発など原子力関連訴訟12件を担当。2010年から日弁連事務総長。

・福島第一原発の事故が起きた時は無念と後悔。

・浜岡では一審結審後に中越沖地震が起き、柏崎刈羽原発で3000カ所以上の損傷。

・追加立証のために弁論再開を申し立てたが裁判長に「中越沖地震については公知の事実として判決で取り上げ可」と取り下げを促された。

・勝てるという感触で取り下げに応じたが判決は敗訴。地震による原発損傷には触れられず。だまされたという思い。

・勝訴を信じたのは、M6.8の地震からまもない時期にM8が直下で起きる可能性がある浜岡を動かしていいという判決が出るわけないと信じていた。メディアも信じていた。

・もんじゅでは最高裁で差し戻しは予想していたが、実際には高裁が認定もしていないような事実を書き加えられて判決が覆った。

・(1976年、最高裁行政局が地裁、高裁の判事を集めた「会同」で、原発については「事故で被害が起こる可能性は少ない」「原発訴訟では住民の原告適格を限定的に解しても弊害は少ない」などと述べていたことが後に明らかになった、という指摘を受け)この発言は伊方第二、東海第二の訴訟で一審審理の時期で、国が劣勢に立たされていた。思想統制とまではいわないが国を負けさせてはいけないという雰囲気を裁判官の間には作ったのではないか。

・かつて反原発運動は反体制運動の一環と見られていたが、チェルノ後の冷戦終結でそうでなくあった。伊方原発訴訟では最高裁自らが「安全性の立証責任は被告側にある」とまで言った。

・しかし実際にもんじゅ控訴審で原告が勝って最高裁があわてたのでしょう。逆転敗訴は「どんなことをしても最高裁は国を勝たせる」という下級審への悪いメッセージとなった。浜岡原発の地裁判決もそう思って書かれたのではないか。

・反省すべきは原発反対運動が細部に入りすぎたこと。専門的なところで戦おうとしすぎた。

・わかりやすく説得力ある論理の構築がこれからの課題。

・原発を誘致した地域では必ず疑問を持つ住民による運動が起きているが、自由な討論を重ねる環境がなかった。

・福島第一原発の事故以降、裁判所は全体に熱心になったという印象。浜岡についても、5月2日の進行協議の日に、中電に対して運転停止仮処分要請の申し入れについて26日までに役員会を開き回答するよう指示した。異例の機敏な対応。

・司法の独立のためには、裁判官の選ばれ方をかえるべき。司法修習以降ずっと裁判官の世界にいると、上司の意見や最高裁の動向に敏感になりがち。法曹一元化を導入すべき。

Notes